坪内祐三『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り 漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』

坪内祐三『慶応三年生まれ 七人の旋毛曲り 漱石・外骨・熊楠・露伴・子規・紅葉・緑雨とその時代』読了(7日)。

おもしろかった!

明治の初めから日清戦争勃発直前までの七人男の青春。十代で一家を支えなくてはならなくなった緑雨、『当世書生気質』『小説神髄』への熱狂、紅葉の文壇での華々しい活躍、北海道時代の露伴の焦り、子規と漱石の友情、獄中の外骨、ひとり外国で楽しそうな熊楠などなど、七人男の一時期を描きつつ何かが始まる/始まった「明治」という時代の空気まで伝わってくる。好きなエピソードをひとつ挙げれば、親元を離れ書生部屋で暮らし始めた子規が初めて炊事当番に当たり、どうしていいのかわからず同居人たちにも冷たくあしらわれポロポロ泣きながらごはんを炊くというところ。

泣くな、子規。

七人男ばかりじゃなくて、こんな人もいたんだなあと知ることができるのも魅力。特に露伴の同居人というか「書生兼居候」、「ブラ八」こと朗月亭羅文。居候のくせに朝寝坊で、朝ごはんを露伴に作らせたり、露伴と一緒に飲み比べをしたら大きなコップでブランデーを8杯飲んでもケロッとしていたり(だから「ブラ八」)。いいなあ、こんな人が私は大好きだ。

連載開始前の予定では全24回で慶応3年から昭和30年(外骨が亡くなるまで)を書く予定だったらしいが、結局は倍近い44回しかも日清戦争勃発直前まで、となってしまったため、熊楠、漱石、外骨はこれからというとき(熊楠が帰国するのは明治33年、外骨の「滑稽新聞」は明治34年漱石のデビューも明治38年)で終わっているのが残念。ぜひ続きが読みたい。せめて、文庫版のあとがきにある、明治33年にインド洋上のどこかですれ違っていた熊楠と漱石のエピソードまでは…。しかし七人男がひとり消えふたり消え、最後に外骨も亡くなり…では悲しいか。それに「明治でおもしろいのも20年の半ばくらいまで」というのも何かわかるような。